LEGON鶴見辰吾 Shingo.Tsurumi ブログ 自転車名人
きっかけは自転車。 そこから世界が広がります。
2012.1. 5

新しい年の幕開けだ。

 

3日の朝、山下公園で仲間と集合して三浦半島一周134km走ってきた。

 

このところ一人で走ることが多かったから、大勢で走るのがとても愉快だった。

          

 

今年もよろしくオジ友たち。 

2011.11.11

今日、記念すべき2011年11月11日の11:11.11に、自分のG-SHOCKの文字盤をカメラで撮ってやろうと前々から、楽しみにしていたのに、撮影中で叶いませんでした。ガッカリ。

 

皆さんは、何していましたか?

 

次の楽しみは、2012年12月12日12時12分12か? イマイチだな…

2011.11. 2

しばらくブログをご無沙汰してしまった。

 

9月のホノルルセンチュリーライドからの過密スケジュールをどうにか乗り越え、一息ついたので、久々にキーボードを打つ。

 

 

恒例となったTop Tourで行ったハワイでは、LEGONの仲間のあんだぅさん企画で、ホノルルセンチュリーライドのコースでは行かないところを走る、ツール・ド・オワフに参加した。

 

オワフはご存知のとおり、ホノルルセンチュリーライドの折り返し地点であるスワンジーパークより先のノースショアが気持ちいい。

 

この企画のおかげでオワフ島を滞在中に計360km 快適に走ることができた。

 

ツール・ド・オワフのコースはワイキキからヌアヌパリを越えて、ノースショア、ハレイワ、ドールの前のだらだらと長い坂を上り、地元の一しか知らないであろう、パールハーバー・バイク・パスという自転車専用道を通って帰ってくる。150km。

         

      ↑海面ぎりぎりを走れるパールハーバーバイクパス 

 

ハワイを自分の足でしっかり踏みしめた感触が残る。

 

ハワイか帰ってすぐに羽田から用意された車に乗せられ、気仙沼ロケに向かった。この環境の急変はスイッチの切り替えにはちょうど良かったのかもしれない。

 

アントキノイノキエピソード1のワンシーンで、神戸の大震災の設定を気仙沼で撮った。仮設住宅にいる皆さんにもエキストラとして出演してもらった。関西弁の台詞もありだ。撮影終了後、地元の被災者の皆さんとBBQをしながら親睦を深めた。

 

「父ちゃんも、息子も流されていなくなったけど、辰吾さん来てくれて、元気が出た」

 

こんなことを泣きながら言われた。

 

抱き合ってがんばろうねといいあった。

 

いままで芸能人やってて、これほど嬉しいことばはない。

 

必ずまた行くからね。 俺もがんばる。

 

 

翌週、映画『はやぶさ』が公開して、初日のイベントをすませて、サイクルツアー北九州に参加してきた。

 

160kmのコースは、5km弱の山登りや、川沿いの強烈な向かい風もあって、予想以上にタフなコース。それでいて、各所に設置されたエイドステーションの補給食は、地元の名物を揃える歓迎ぶりで、たっぷり楽しめる。門司で出たカレーパンはおかわりしたくなる。充実感たっぷりのお勧めイベントだ。できたら来年も参加したい。

      

↑激うま焼肉弁当  

次の週末は、富士チャレンジ210。僕は100kmでエントリー。

ファンライドの編集長の細沼さんや、LEGONの仲間多くの人から、まるで裏切り者をみるような目で「何で210じゃないんですか?」と聞かれた。正直に言うと、同じところを47周も走るのがいやだったのだ。210でエントリーしていたら、何か理由を付けて、会場に行くのも止めてしまうかもしれないと思って、はじめから100kmでエントリーした。実際100kmでも後半3周は集中力が切れてしまった。210km、200kmを走った人は本当にすごいと思う。そう思いながら、自分もかつてここを、よく3回も200km走ったと感心する。記録2:33.04

 

そしてさらにその翌週、埼玉サイクリングフェスティバルに参加。結局4週連続で自転車イベントに出ていた。上尾運動公園を出発して荒川を含む近隣の街を巡るコース50km。お子さんからお年寄りまで参加できるニコニコサイクリングイベントだった。10kmも走らないうちにASがあって、その都度、地元の美味しいものにありついて、つねにお腹いっぱい状態で走ることになる。とくに川島町の「すったて」という冷や汁のうどん版みたいのがうまかったなあ。

 

その翌日から、母校の成蹊学園100周年記念映画の撮影に入った。光栄にも、創設者中村春二先生の役を仰せつかった。

時間掛かったけど、ちゃんと卒業してよかったと心から思う。

成蹊小学校の生徒が子役を務めた。これは、最高だった。俳優として、30年以上やってきているが、彼らに教えられるところが多かった気がする。無垢な存在が、演じるのではなく、「その人」であること、そういった深い役へのアプローチを考えさせた。

   

 

 

 そして、先週末、横浜THUMB'S UPでタメさんこと中島フミアキさんと、杉山清貴さんのユニット、京浜ボーイズに「+ONE」として参加したライブ。ステージの上で、初めてギターを披露するという無謀な挑戦をした。本番前、ここまで緊張するのはないくらい緊張した。でも不思議とステージに立つと何故か心地いい空気につつまれて、最高の時間を過ごすことができたた。それは、タメさんと杉さん、バンドのケンジさん、キヨさん、シンちゃん、そして何より温かいお客さんに支えられたからなのだ。音楽は本当にいい。後期中年の新たなチャレンジを思い立たせてくれたのは、やっぱり自転車に乗るようになってからできた沢山の仲間のおかげだと思う。

  

 

 

次はツールドおきなわ210km。完走できるか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2011.8. 4

いつものように最寄りのバス停からバスに乗ってすぐ、後の座席から声がかかった。

 

「すみません、フクダ さんでしょ?」

 

振り向くと70代後半の女性だった。

 

「・・・あ、違います・・・」

 

「でも、住宅販売の息子さんでしょ?」

 

「いや、すいません、違います・・・」

 

この女性、きっと俺の顔を、どこかで見たことあるはずだと考えていたに違いない。

 

朝の込んでる時間ということもあって、余裕が無かった。

 

僕は俳優だから、テレビかなにかで見たことがあって、誰かとお間違えになったんじゃありませんか? と、きちんと言って差し上げるか、もしくは俳優らしくリクエストに応えて、「フクダさん」になりきって、二三言葉を交わすなりするべきだった。

 

余裕がないと、ユーモアも生まれない。

 

こういうことではいかん。 

 

俺の母親よりも年上と思しきその女性が、なんでこの人しらばっくれるんだろうという気持ちで俺の後ろ姿を見ていたかもしれない。 

 

2011.4. 7

何しろ初ライブだったから、とんでもなく緊張した。

 

客入りの19:00から開演の20:00までのあいだ、THUMB'Sのニートな楽屋の中で、僕をリラックスさせようと、タメさん、ケンジさん、キヨさん、大谷さん、シンちゃん、バンドのメンバーが自分たちの失敗談や、お色気話に花を咲かせてくれた。

 

この愛情の大きさに音楽やってる人っていうのは本当に世界を平和に導くんじゃないかと、涙が出そうになる。

 

一緒になって笑っていたが、笑いすぎて歌詞飛んじゃったらどうしようと、また緊張する。

 

そろそろお願いします。

 

と声が掛かり、ステージに上がる。

 

震災で亡くなった方を思い黙祷する。

 

緊張の絶頂に目を瞑って、よく平衡感覚を保って立っていられたもんだ。

 

ではまいりましょうか。

 

僕の大好きなタメさんこと中島フミアキさんの曲「はじまりの歌」から始まった。

 

始まったんだから、もうこれで大丈夫。

 

この歳になってまた新しい事始まった。

 

音楽のライブってこういうものなのか、会場があって、お客があって、曲があって、バンドがあって、僕が皆の前で歌ってる。

 

全ての出会いが一つになる瞬間だ。

 

大きな和音が出来上がる感じ。

 

これはヤバい。 

 

温かいお客さんに助けられ、7曲を歌った。

 

本当にありがとうございました。 

 

 


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