LEGON鶴見辰吾 Shingo.Tsurumi ブログ 自転車劇場究極のサイクルスポーツ KEIRIN
きっかけは自転車。 そこから世界が広がります。
2009.11.10

 直前になって腰をピキッとやってしまい、どうなることかと思ったものの、走り終わると腰の痛みは消えていた。

200kmのレースだから、終わった後はさぞや酷いことになってしまうと覚悟していたが、今痛いのは、脹脛と顎。

 

脹脛はもう少しで肉離れだったのかもしれないくらい。

 

回復走で路面の振動が伝わって脹脛が震えるだけで痛い。

 

顎は、何でだろう・・・・?

 

スタート前に気合を入れようと、好きだった関取の水戸泉がやっていたみたいに拳固で顎をガンガン叩いていたからだった。

 

万が一落車しても、絶対に走りきる。

 

そう自分に言い聞かせる作業だった。

 

顎から突き上げる衝撃は、転倒のイメージ。

 

それを克服する。

 

スタート前の心拍数は129

緊張しているのがわかる。

 

7:00一斉に出走。ビンディングにもたつく。

 

ヒルクライムレースでも、172までしか上がらない心拍数が182まで上がっていた。

クランクを止めると、膝から下がガクガク勝手に動く。

 

それでもなるべく前へ前へと行っていたら、時々集団の先頭を引くことさえあった。

 

「あれ、俺今日いけるんじゃない」と一瞬勘違いする。

 

「そろそろ山に入りますよ」、とラテさん。

 

5分も持たずに集団から脱落した。

 

ロードレースはやっぱり山だ。上りが弱けりゃ勝負にならない。

 

金城さんが、右京さんが私を抜き去っていく。

 

どうにもならない。

 

脚が攣る予兆が出てくる。

 

でも回してりゃ、どうにかなる。

 

止めたらアウトだ。

 

キツイなあ。

 

誰だよ?最初の100kmは楽ですって言ったの。

 

サイクルコンピュータはまだ90kmしか記してない。

 

捨てる神あれば拾う神あり。

 

山岳ポイントを越えると、脚の揃う集団が形成される。

 

ところが、宜名真トンネルを過ぎたところで市民200kmの走者全員が止められた。

 

先に行っていた皆さんに追いついてしまった。

 

先き組は不満爆発。

 

追いつき組みは超ラッキー。

 

チャンピオンレースと我々市民200の間に国際女子をスタートさせたいがための、まさに大番狂わせだ。

 

20分以上の足止めとなった後リスタート。

 

逃げていた3人に4分先に出てもらう。

 

二回目の上り7kmを間もなく向かえ、脚は限界ギリギリで、止めたらいつでも筋肉が石になる準備をしている。

 

回してりゃどうにかなるもんだ。

 

後半平地はまだ踏めた。

 

沿道の応援が嬉しい。

 

役者の性で、それに応えて手を挙げる。

 

そのたびに近くにいた人はパンクの合図だと思ってしまったらしい。

 

すみませんでした。

 

「シンゴさんがんばって~」って、嬉しいじゃないですか。

 

すると、「ぼくも名前がシンゴなんです」なんて言い出す若い選手が近くにいた。

 

ふと思う。

 

かつて私たちは、母なる子宮にあるゴールに向かって最初のマスドスタートレースを繰り広げた。

 

その原始の記憶が、忘れていた野生を呼び覚ますために、死にもの狂いで走り続ける。

 

我々同じレースに出る者は、もしかしたら兄弟といえるものなのかも知れない。

 

レースが終われば、皆最高の仲間だ。

ありがとう。

 

記録、5:54:18.544

 

124位。

 

ヤッホー!!

 

シーズンオフだぜ!

 

完全な虹が出てた。 

 

ビール飲みまくった。

 

焼肉食いまくった。

  

坊主頭同士で、高岡さんとも記念写真。

↑酔ってるなあ俺

 

回復は奥さんと一緒に。

沖縄の皆さん、本当にありがとうございました。

 

次回もよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2009.10.26

 9月は1800km以上走ったのに比べて、今月はスケジュールが入り組んでいたので、20日までに700kmほどの走行距離と、短かった。

 

 それが却っていい休養になったようで、前週のしまなみアイランドライドから調子がよかったみたいだ。

 

 

 「みたいだ」なんていうのは、自分じゃいつもどおりのつもりだったのに、一緒にしまなみに行ったラテさんや、ヒグちゃん、シンボーが後半120km越えたあたりから、どんどんちぎれていって、

 

「絶対、シンゴさん調子いいですよ」

 

なんて周りから言われたからだ。本人には自覚があまりなかった。

 

どうせレース前に油断させる、調子悪い戦法だろうなんて考えていた。

 

しまなみではイベントの前日の山鳥さんの練習も含めて、いい仕上げになったのは間違いない。

 

昨年の「岬越え※」で路肩に自転車を停めてしまった記録、6:35はもちろん、その前年のベスト5:47よりは早く、5:25くらいでは走れる感触はあった。

 

「岬越え」ってなんだというと、自転車スラングでは脚が攣ってくることを足摺岬をシャレて「岬が見えてくる」というらしい(funride11月号たっくんの丸秘自転車レース用語講座)。なので完全に攣りきった昨年は「岬越え」だ。

 

 富士チャレ前日、「浅見光彦」の撮影で行っていた琵琶湖から、サイクルスクエア北参道に移動して自活研の小林さんとの自転車市民権セミナー。

帰ってから奥さんの分を合わせて二人分のレースの準備をしていたら、睡眠時間は二時間になった。

 

でもこれは出場者皆同じような感じだろう。

 

 

レース本番。

 

試走すると、ホームストレートに戻るのぼりが短く感じた。

 

takaちゃんいわく、それは「調子がいい証」だという。

 

直前に飲んだ、グリコのEXTRA BOOSTERが効いたのかスタートの挨拶で、テンションが高くなって、

 

みなさーん!たとえ脚がちぎれようとも、心臓がひっくり返ろうとも、最後まで、走りきりましょう!!!」

 

なんて叫んでしまった。

 

近くにいた竹谷賢二さんには、「もう一杯やってるんですか?」いわれ

 

ヒグちゃんにも、調子がいいからそんなこと言えるんですよといわれ、

 

皆の言葉に暗示をかけられたようにその気になってくる。

 

おだてに乗りやすい私は、

 

「そうか、俺が調子いいのは本当なんだぁーっ!!!!!」

 

と、まんまと乗せられて興奮状態のままスタート。

 

先頭集団に食らいつく。

平均6:20くらいで、LAPを重ねていく。

 

辛いけど、この集団が最後までこのペースで行ってくれたらいいなと思っていた15周目、金城さんがスススッと上がって、集団をコントロールしていたエンデカの真鍋選手になにやら言った。

その周回の登りで、「今までのはサービスですよ」といわんばかりに、ペースが上がった。

 

うへぇ、ちぎれる・・・・

 

私がタレたのを喜んでいるのか、なぜか嬉しそうに「OK,OK」と私にいいながら抜いていく自転車。

 

くそっ、何が何でも追いつくぞ、ともがきかけた刹那、前方で2台が絡む落車。

 

フロントフォークからホィールが外れるほどの転倒だ。

 

ひぇえ!あわや突っ込むかといったところを右に回避したが、これで先頭集団からは離れてしまった。

 

そうなると、なかなかスピードの合う集団が見つからない。

 

LAPタイムも30秒落ちてきた。

 

このまま一人旅だけは避けなければならない。

諦めないぞ。

 

どうにかいい集団に入りたい。

 

10人ほどの塊はあるのだが、チームエンデューロや、100kmの選手が混じっていて、いつ分裂するかわからないので、なかなか決めかねる。

 

2周ほどいくつかのラインを渡り歩き、4、5人のいいペースのグループに参加。自分もなるべく引くように心がけながら、回していく。

 

すると誰かと話しながら、のんびりペースの堂城賢さんに遭遇。

 

堂城さんが、「ドリンク運んで来ましょうか」なんて冗談をいいながら前を引いてくれた。

このペースが凄く良かった。

一定ペースで3周固定で引いて、私たちの集団を確固たるものにしてくれた。

 

平均LAPは7:00くらいに落ち着く。

 

何周かLAPボタンを押し忘れて、自分が何周走っているのかわからなくなっていたので、回りに尋ねる。

 

「私は、後4週だと思いますけどね」

 

となると、最後はこの20人ばかりで、ゴールスプリントだな。

 

残り3周辺りから、少し弱ってきた振りをしてなりを潜める。

 

この集団の中なら、まだ少しは余力があるぜ。

 

でもそれは他の皆も同じなんだろうな・・・どのあたりで仕掛けるか・・・・

 

そんなことを考えながら、最後の一周を迎えるホームストレートを走っていると、ピットのフェンスから、シュワッチさんとヒグちゃんが、

 

「やったぁー、ゴッさん時間切り~」・・・・・

 

と言っているのが聞こえたような気が。

 

エエッ?俺が5時間切り?まさか・・・信じられずもう一周集団に付いて気を抜かず走る。

 

「いやあ、なんか俺もしかしたら終わったみたい。」とちょっと嬉しくなって周りに話しかけても誰も答えてくれない。

 

ゴールラインも念のためもがいて通過する。

 

でも雨が降ってきたから、今度は誰もピットのフェンスにいなくなってしまった。

 

仕方ないから、もう一周走る。

 

ピットに戻ると、奥さん、シュワッチさん、ヒグちゃん、takaちゃんが迎えてくれた。

 

「凄いですよ、5時間切りましたよ。4:58:10、26位」

 

やったぁぁぁぁぁ・・・・・!

 

目茶苦茶嬉しい。

 

なんだこの喜びは。

 

もうやめられない。

 

もっと強くなりたくなった。

 

皆がその気にさせてくれたからだ。

 

ありがとう。

 

ホントにありがとう。

 

ちなみにウチの奥さんのチームはちゃっかり3位で表彰台。

 

おめでとうございます。 

 

 

 

 

2009.9. 2

 鈴鹿シマノに出るか迷ったが、乗鞍に出た。

 

「乗鞍」といえば、ヒルクライムレースの代名詞、今年で23回を迎える。

 

なのに、本当の名前が「全日本マウンテンサイクリングin乗鞍」というなんて知らなかった。

 

サイクリングだったのか?

 

初めて出場するので、前もって合宿にも行った。

 

しかも、コーチはあの竹谷賢二さん。

二日に亘るその内容は、初日にまず1本をコースの感じを掴むためにサイクリングペースで登り、2本目に3分割したパートをアタックするという練習をして、2日目に1本アタックするというものだった。

複数本登ると、2本目以降の後半がただ辛いだけで、集中力もなくなり、フォームも崩れてしまう。

その点、この練習法は効果的だ。最後まで集中できた。

 

8月はこれまでヒルクライムレースに出たことがなかったからか、どうも追い込めずにいた。

 

それでも、乗鞍に向けて、乗鞍3本、ヤビツ7本、湘南国際村1本、椿ライン1本は登った。

 

あれ、結構登っていたなあ・・・・

 

しかしヤビツのベストは1:30以上遅い状態までしか仕上げられなかった。

 

特に8月の後半は、夏がそれまでの冷夏を取り戻すかのように暑かった。

 

暑い時は仕方ないという気持ちと、初めて出るレースで、前回の記録を上回るプレッシャーがないことで、気楽に本番に臨めた。

 

そんなレース一週間前の椿ラインの帰り、160km以上走ったところで、突然ペダリングが回せるような感覚になった。

 

ケイデンス186、42km/hで鶴ヶ峰の交差点の手前を走り抜ける。

 

あれ、なんかわかってしまったぞ。

 

と、おもしろくなって、翌日回復走をするはずが、ケイデンス記録にチャレンジしてしまった。

 

何度かトライして、197までいった。

 

そのかわり、今まで味わったことのない筋肉痛になった。

 

こうなると、回復に集中するしかない。

 

これがよかったのか、レース前にはいい状態に持ち込めた。

 

前日の到着は、松本からの渋滞で16:30、エントリーがギリギリになってしまった。

 

TREKのブースに新しいマドン6シリーズ。

まるでLEGONのジャージのようだった。

 

野菜のペーストのスパゲティとご飯だけで夕食を済ませ、ローラーに30分乗って22:00就寝。

 

当日は4:30起床。ローラー10分だけ乗って、会場に向かう。

 

夜の間雨が降っていたが、上がってくれて助かった。

 

気温は14℃、寒くない。

 

6時前の会場はそれほどまだ人が集まっていなかったので、男子E7:51スタートの一番前を陣取ることができた。

 

練習の時は1:23:50だった乗鞍のタイムをどこまで縮められるか。

 

富士HCのタイムが1:19:02だから、それよりは早く登りたいと考える。

 

ヒルクライムは走り出しの乳酸が出始めるときが一番辛い。

 

こんなんで、20kmも登れるのかと思うほどだ。

 

途中、何人もの選手が俺を抜きながら「がんばってください」などと声を掛けてくれる。

 

ありがたいことなのだが、ちっとも嬉しくないのが本音だ。

 

悔しいならついていくなり、抜き返せ。

 

それができないというのは、これが今の実力ということだ。

 

後半、あと4kmあたりで、「富士HC以来ですね」などと話しかけながら抜いていく選手に、ついに、「いいから行け!話しかける余裕があるならもっと行けええ!」と叫んでしまった。

 

んんん?俺も叫ぶ余裕があるならもう少しスピード上げれるな。

 

がんばって、ほんの少しだけペースを上げることができた。

 

やっぱり、声掛けてもらったほうがいいんじゃないか。

 

皆さんありがとうございます。

 

走りながら考えていた。

 

途中、ポイント毎にいるオレンジのウィンドブレーカを着た大会のボランティアスタッフに、なるべく挨拶をして行くことにしている。

 

でも、そんな余裕があるということは追い込めていないんじゃないか?

 

いやいや、口も利けないほど追い込んだら、自転車のコントロールそのものができなくなるはずだ。

 

辛い。レースは本当に辛い。辛い思いに打ち勝つには気持ちだ。

 

たった一時間ちょっとをどうして我慢できないのか?

 

ゴール前はもう無我夢中だった。

 

結果、1:17:07

 

今回はオープン参加で、参考タイムとしてリザルトには出ていない。

 

もっといけるはずだった。と、終わると思うのはどうしてだろう。

 

あんなに辛かったのに、帰りの車の中で、懲りず来年の目標を立てていた。

 

とはいいながら、レースが終わればニッコニコ。

 

下山誘導員の手伝いをして、

ご機嫌な時間が待っている。

 

次のレースは富士チャレ200だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2009.6. 8

 Mt.富士ヒルクライムは今年で4回目の出場。

 

もはや毎年の恒例行事になっている。

今年のタイムは、1:19.03

 

昨年より2分縮めた。

 

 本当のことをいうと、15分切りたかったのだが、何を言おうがこれが今の私の実力だ。

 

 二合目から三合目でダレてこないように走るのが課題だな。

 

ずっと私の前でペースを作って走ってくれた人がいた。

 

途中何度も声を掛けてくれて、最後は平坦で引いて、ゴール前で「もがけ、もがけ!」とチア・アップしてくれた。

 

ゴールすると、お礼を言うまもなく見失ってしまった。

 

ゼッケンから検索しました。

 

3●●6のT川さん、ありがとう。

 

おかげでタイムが記録が更新できたと思います。

 

結局どんなタイムでも、納得いかないようだ。

 

あれだけ苦しい思いをしながら、また来年の目標を立てる。

 

15切り。

 

がんばるぞ。

 

今年は何より嬉しかったのは、奥さんが初めて出場してくれたことだ。

タイムは、1:56.49

 

目標の2時間切った。

 

凄いじゃない。

 

ヒルクライム、苦しいけど楽しい、これがわかったでしょ?

 

だから止められないんだな。

 

 

 

2009.4.27

 25日の富士チャレンジXに続いて翌日の表富士自転車登山競走も、中止になってしまった。がっくり。

 ゴールの新五合目付近が、前日の降雪で凍結して、車も通れない状態だという。

 

あああ、せっかくコンディションもバッチリ、自転車もフル装備にしてあるのに・・・・

 

このまで引き下がるわけにはいかないということで、LEGONの皆と急遽ヤビツ峠で記録会をすることにした。

 

レースに臨むつもりだったから、きっといいタイムがでるはずだ。

 

ピンクジャージがたくさん集まり、駐車場はレース会場さながら。

気分も高揚してくる。

 

  

 

名古木を一番最初にスタートしたのは、私。

 

COSMIC ULTIMATE+VELOFLEX RECORDの効果は絶大で、漕ぎ出しが軽く、ぐんぐん進む。

追い風も手伝って、コンビニまでは3:29とベストラップで通過。

 

しかし最初は追い風でも、方向の変わる登山コースは向かい風にもなる。

 

菜の花台通過は26:18と前回と同タイムになった。

 

38分切するにはペースを落とすわけにはいかない。

 

それなのに・・・

 

急に気持ちが悪くなってきて、ペースが落ちる。

 

まずい、完走もできないんじゃないかと思うくらいだ。

 

貧血で、もどす寸前な感じ。

 

後々気づく。これは、まさに脱水症状だった。

 

朝4時に起きたときにコップ一杯の水のほか、7時前にコンビニで買った大好きなドロリッチを半分くらい飲んだだけだった。

 

ドロリッチ・・・・

 

ドロリっ血・・・

 

いかにも血がどろどろで回ってなさそう・・・

 

名古木を走り出したのは10時過ぎ、走っている間も、ペダリングに注意しすぎて、ほとんど水を飲んでいなかった。

 

後からスタートした、ラテさんにはどんどん引き離されていき、ARIのI田さんにもぶち抜かれた。

 

結果、

  

ベストタイムを10秒縮めて38:10だった。

 

機材のおかげだ。

 

念願の37分台は出なかったものの、いい経験になったと考える。

 

最近体脂肪率がめっぽう落ちたので、体質が変わって、水分補給の必要性が以前以上に上がったのかも知れない。

 

よし。まだまだいける。

 

Mt.富士ヒルクライムに懸ける。