ホテルの朝食はビュッフェスタイル。
大きなどんぶりに盛られた大量のイクラを見て、朝でボーッとしていたせいか、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなった。
「ん、まだ北海道だったか?」
・・・仙台の朝だった。
この一週間以上、ニセコ→福岡→横浜→福島→仙台→一ノ関と日本の各地を転々と移動したので頭がこんがらがっていた。
今回の旅のはじまり、ニセコHANAZONOヒルクライムは今年で2回目の開催。
およそ15km、平均勾配4.6%のレースが終わると、夏休みの宿題をやり終えたような開放感に浸れて、この時期の北海道を自転車で走るのは至福の時間だった。
参加したLEGONのメンバーで、ゴールで最後の力を振り絞る選手達に声援を送る。これも本当に楽しい。おかげで声がガラガラになった。
その甲斐あって、LEGONからシンボーがS4クラスで2位、ミホさんがLクラスで3位とそれぞれ表彰台にのぼり、ツアーはますます盛り上がる。
このイベントは倶知安じゃが祭りとも重なってとても楽しい。昨年の出場者数230名が、今年は倍の460以上になったのもうなずける。
来年は更に増えるだろうな。事務局の皆さんよろしくお願いします。本当にありがとうございました。
ニセコからバスで千歳空港。羽田空港から福岡へ。
福岡には、映画「私の叔父さん」(細野辰興監督、主演高橋克典)の撮影。
スケジュールでは自転車に乗る時間はない。羽田空港のB1に自転車を預けた。一泊800円で5泊預けnの4000円。福岡には奥さんも連れて行って、留守の家に自転車を送れなかったのでそうするしかなかった。
福岡に着いたら、旨いイカを食べさせてくれる店に直行。しばらくロケ弁しかいただけないので、ここでじっくり味わっておいた。
5日間のタイトな撮影終了後、福岡を後にする。奥さん連れて行ったものの、ほとんどかまうことができず、LEGONのMgr夫妻に任せっぱなしになってしまった。お世話になりました。ありがとうございます。
羽田空港に置いてあった自転車を引き取って、一旦自宅に向かう。
スーツケース、お土産、自転車の他に福岡にギターを送っていたから、荷物がたくさんある。タクシーだとワゴンタクシーじゃないと積みきれないので、レンタカーを借りて自宅まで帰ることにした。借りたのはスバルEXIGAかな?これなら、自転車をOS-500に入れていれば、3人まで乗れそうだ。料金は6時間で7900円。この日は帰宅して、また直ぐに自転車を飛行機輪行用のOS-500から電車用のコンパクトな 220に移し替えて福島に出発だったから、横浜駅で荷物を運んでから乗り捨てできて重宝した。 タクシーより断然お得だった。
翌日、8:00福島駅西口にいた。
続々と集まる地元のLEGONメンバー。
ホルダーのまどんさんをはじめ、ジーコさん 、masa_gateさん、hide310さん、Ajjieさん、新潟から参加のデライトさん、うみのさん、前日僕と福島入りしたラテさん、見送りのボギーさん、ステイメンさん。
5/27博多を出発した合力日本。チャリティーリレーが東北に繋がった。
たすき代わりののぼりには、参加した全てのメンバーの思いが詰まっている。
応援してますよ。東北。
仙台を目指して約100km弱を走る。
白石蔵王でHIさんが、合流。
白石川沿いの桜並木は樹齢を重ねた立派な桜で、僕らを真夏のきつい日差しから守るように癒してくれた。
熱中症対策のためこまめに 休憩を入れて、仙台到着は17:00になった。
われわれを出迎えてくれたおかのぼりさんとともに、記念撮影。
この晩は、この日一緒に走った仲間と、翌日走る仲間とともに仙台の美味いものを食べながら親睦を深めた。
みんなこれが何よりの楽しみだ。
翌朝8:30仙台駅西口出発で、ホルダーのみっささん、おかのぼりさん、マサムネさん、ヴェッツさん、サトヒロさん、この日で3日目になるジーコさん、Hiさん、ラテさん、僕の9人で走り出す。
国道4号線も内陸部とはいえ、いたるところがひび割れていて、地震の凄ましさをもの語っていた。
昼食をとった古川町は、地震そのものの揺れによる被害が大きかったそうで、壁が崩れ落ちたり、家屋そのものが傾いているところも未だ多く残っている。
復興にはまだまだ時間と根気が必要だと感じざるをえない。
東北は少しは涼しいかと思いきや、サイコンの温度計は39℃をさす猛暑。
100kmに満たない距離でもくたくたになる。
ゴールの一ノ関では、猫山さんが青森からわざわざ迎えに出てきてくれて、首を長くして待っていた。
いよいよ岩手県に入り、ゴールも見えてきた。
20日の一ノ関出発のリレーにも参加して、東北の皆と走る予定だ。
盛岡まで行けるかな。
東北新幹線の紙コップは、我々の合力リレーを応援してくれているようなデザインだった。