LEGON鶴見辰吾 Shingo.Tsurumi ブログ 自転車名人
きっかけは自転車。 そこから世界が広がります。

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2009年10月 アーカイブ


2009.10. 2
ホノルルCR2009後記

 2005年以来4年振りに、Honolulu Century Rideに行ってきた。  

やっぱりハワイはいい。

        

「海外旅行は、ハワイに始まりハワイに終わる」

なんていう人もいる。

そんなところを自転車で走る旅は本当に最高だ。

 

 前回のHCR2005は、ウチの奥さんと二人でひっそりとエントリーした。それはそれは、とてもいい旅行だった。何しろ、それまで80kmしか走ったことがなかった奥さんが、ハワイで一気に160km走破して、大きな自信になった。夫婦で自転車に乗るようになったのはこのイベントがきっかけだ。

↓HCR2005の様子

  

  

 

あれから4年、たくさんの自転車仲間が増えて、LEGONになった。

 

青い空の下でピンクジャージが映える。

 

LEGONの仲間とともに、ホノルルを愉快に走りぬけた。

     

 

 

 成田を25日の夜に出発して、HCR本番2日前になる現地時間25日の10:30のホノルル到着。

 

飛行機は今中家元と同じ便。

 

機内ではぐっすり眠って、食事の時間も気づかなかった。

 JALはこういうしゃれをかましてくる。

 

 

日本からホノルル到着は午前中なので、ホテルに泊まるなら、アーリーチェックインが快適。

私たち夫婦の部屋から見える景色はなかなかのもの。

 

ワイキキのサーフィンの様子をていると、下手なくせに、やりたくなってくる。

 

夫婦で自転車イベントやレースに出たら、夫がメカニック。

二台の自転車をセットする。

奥さんのRディレーラーが少し内側に入ってしまって、トップ側のギアにチェーンが入らなくなっていた。

オーストリッチのソフトケースに入れてきたが、ソフトケースでの輪行はRディリレーラーをしっかりガードするなり、外すなりしたほうがいい。

もちろんツアーお抱えのメカニックがいるが、手一杯で時間が掛かるので、自分でできることはなるべく自分でやるようにする。

 

 

2日目26日、LEGONの仲間の呼びかけで、ダイヤモンドヘッドの入り口にあるKCCファーマーズマーケットにて朝食。

写真で私が飲んでいるのは、ホームメイドのジンジャーエール。

正直言わせてもらうと、ウチの奥さんの作った方が美味い。

出来立てのホットドッグや、焼きたてのみたらし団子、スパムむすびなど、ついつい食べてしまう。

  

その足で、R72を通り、通称ハートブレイクヒルと呼ばれる丘を抜けて、サンデービーチ、ハナウマ、カピオラニ公園と約45kmを走る。

 

午後も他のツアーのお客さんとともに同じコースを走ったので、合わせて90km走れた。それでも朝食分は消費していないだろう。

↑ピンクとブルーのコルサ・エボリューションの顔合わせ

 

夜は、昨年できたばかりのWaikiki Beach WalkにあるYard Houseにて、軽く「前夜祭」。週末ということもあって、店の前には行列ができていた。

 

腹が激減りで、写真も取らなかったが、後から合流した私が頼んだ献立はジャンバラヤ。美味かった。ビールの種類もメニューの見開きいっぱいあるほど豊富。どれにするか迷う。

この「前夜祭」が親睦を深め、翌日の本番をより一層楽しくした。

 

 

27日、HCR本番当日。

 

暗いうちに音もなく自転車が続々集まっていく。

 

明け方から始る秘密の集会に向かう信者達。

 

どんな幸せがまっているのか?

 

はたまたどんな苦難が待ち構えているのか?

 

期待に胸が膨らんでいく。いや、心拍が上がる。レースでもないのに。

スタート時間の6:15をとうに過ぎても続く、色んな人のスピーチには耳を傾けていませんでしたと言わんばかりに、アメリカ国家のアカペラが高らかに歌われると、ざわざわしていた会場が静かになる。

 

カウントダウン。スタート。

 

グループAの先頭近くで走り出す。

 

奥さんの許しを得て、最初のASまで25kmは思う存分走らせて貰った。

 

まるでレースの小集団を作り上げたのは、アンカーの誰だ?

 

ついて行くのが精一杯。

 

引いてくれるのかと思いきや、先頭交代の合図にがんばって走る。

 

しばらくがんばって走ると後ろの白人が、私の背中をポンと触って交代してくれた。

 

これがこの列車のローテーションのタイミングらしい。

 

その後、そいつとその仲間らしき連中のペースに落ち着く。

 

そして、唯一の登り、「ハートブレイクヒル」に差し掛かったところで、スルスルっと前に出てペースを上げた。逃げを決めるならここだ。

 

なんて思う刹那、差がつく間もなく、しっかり叩かれて一瞬で吸収。

 

もしこの集団にいたら、何時に帰って来れたんだろう。

 

そんな、架空の当たり車券のような想像をしながら、高速列車から離脱しようと海岸線を右に曲がり、最初のASサンデービーチで仲間を待つことにした↓。

 まだ誰も来ていないAS

7:00前に到着。

 

ここのASを飛ばす人は多いようだ。

 

でも、LEGONはここであえて集合。

足並みを揃えてゴールを目指す。

 

撮影途中の映画があるので、たっぷりと日焼け止めを塗って顔が真っ白。

 

こんなときでも、写真をお願いされたら断れない。

 

バカトノみたいですみません。

 

この写真をとった後、でかい石ころを踏んづけて前輪がプスーっとパンク。

奥さんには先に行ってもらった。

 

一分も経たないうちにサポートカーが来てすぐに修理完了。

 

折り返し地点のスワンジーパークに11:40

 

ずっと向かい風だった東の風も、仲良く折り返し、160kmほとんど逆風になった。

 

2005年のHCRで、私は落車した。

 

その場所が今もそのままで大変危険だ。

 

折り返してから最初のAS、King Intermediate schoolの手前数キロのところ。それまで路肩を示す白線が突然白線のまま盛り上がり、縁石になってしまうのだ。

 

縁石に乗り上げる人、縁石から車道に落ちて後続車に接触する人、前輪をとられる人、被害に合った参加者は多い。

 

LEGONのメンバー「ゆうてんじ」さんも前輪を取られて落車した。

 

幸い大事に至らずに済んだものの、あの擦り傷は痛いだろうな。

 

 

完走後に開かれたパーティーに集まったのは、100人以上。

 

同じ道のりを公平に味わった連帯感は、まるで卒業式か同窓会にいるようだ。

 

だから、パーティーは和やかで本当に楽しい。

 

来年もまた来て、この楽しさを多くの人と分かち合いたい。

来年のカレンダーは上手い具合に連休と重なる。

 

またお会いしましょう。



2009.10. 5
ツールド湯平2009
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昨年に引き続き2回目の湯平。風も無くて最高のコンディション。距離は70kmと長くはないものの、獲得標高は1500mと内容はなかなかハードだ。前回は無念にも60km地点でリタイアをしたマネージャー白石くんは、見事に完走し雪辱を晴らした。ウチの奥さんも完走。実行委員の皆様、私たち自転車ライダーを暖かく迎えていただいて、本当にありがとうございました。一緒に走ってくれたLEGONの皆、またお会いしましょう。


2009.10.13
旅は続く

 ハワイから帰って、一日空けてツールド湯平、そのまま「ルビコンの決断」という番組で箱根ロケ、続いて「東京島」という映画のロケで沖永良部島に行った。

 

怒涛の二週間が過ぎ、気がつけば富士チャレまで10日しか残っていない。

 

全くコンディションか整ってないぞ。

 

このままだとまた脚が攣りそうだな。

 

寸暇を惜しんで自転車に乗ろうと沖永良部にも自転車を持って行った。

風が強くて、信号が少なくて、練習するにはもってこいのところ。

 

何しろハブもいない。

 

200kmくらい走りたかったけど、実際には2日間で70kmくらい。

 

富士チャレこれで大丈夫か?

 

そして強風の中断崖の上にこんなロケセット建てちゃって大丈夫か?

 

恐る恐る真下を覗くとこんな感じ。

 

このとき私の姿はへっぴり腰の見本のようだったはずだ。

 

 

夜は原作者の桐野夏生さんと偶然同じ店でご一緒になる。

 

   狭い街なのだった。

 

桐野さんは同じ大学学部の先輩ということもあり、大いに盛り上がってものすごく楽しい時間を過ごした。

 

桐野さん曰く、「狂乱の夜」

 

特に盛り上がったのがこの男、白石君。

「羞恥心」を3人分踊って歌った。

 

いつの間にこんな芸を・・・・見直した。ちょっと古いけど(笑)

 

そして今週末は、「しまなみアイランド2009」

 

旅は続く。



2009.10.14
やっちまった

 二ヶ月ぶりの「海猿」の撮影。

 

私の役は「吉森」という男。

 

登場するなり、歩きながら相手役の時任三郎さん演じる「下川」という男にに怒鳴る。

 

下川さん、何言ってるんだ、アンタ!」

 

気合を入れて叫んだ。

 

しかし、実際出てしまったセリフは

 

吉森さん、何言ってるんだ、アンタ!」

 

おーい、それは私自身の役の名前だよ!

 

と、100人近いキャストとスタッフの前で、間違えた。

 

爆笑・・・

 

やっちまった・・・

 

一番ヘボいNG。

 

しっかりメイキング映像に収められた。

 

とほほ。

 

「鶴見さん!何言ってるんだ、アンタ?」と言いたい。



2009.10.16
5年目

 今日で結婚5年目、自転車に本格的に乗り始めたのと同じ年月だ。

 

「スローなブギにしてくれ」という映画で、古尾谷雅人が家庭を持ってオートバイから自転車に乗り変えた描写があったのを思い出す。

 

ウチの奥さんと出会っていたから、健康で朗らかな今がある。

 

今は大変な時代だ。

 

終わらない坂はないから、登りきりましょう。

 

4歳から10年育った街青山でイベントがあった。

 

「自転車に優しい町宣言」

 

高らかに宣言してきた。

 

私が初めて自転車に乗った町、青山。

 

補助輪を父が取り外してくれたのを思い出す。 

 

世界に誇る自転車の町になってくれ。

 

 

 



2009.10.25
2009富士チャレンジ200
なんと、5時間切れた。 4:58:10 26位 これはかなり嬉しい。 次のレース、今年の総決算となるツールド沖縄市民レース200に向けて、勢いがついた。


2009.10.26
2009富士チャレンジ200の本当

 9月は1800km以上走ったのに比べて、今月はスケジュールが入り組んでいたので、20日までに700kmほどの走行距離と、短かった。

 

 それが却っていい休養になったようで、前週のしまなみアイランドライドから調子がよかったみたいだ。

 

 

 「みたいだ」なんていうのは、自分じゃいつもどおりのつもりだったのに、一緒にしまなみに行ったラテさんや、ヒグちゃん、シンボーが後半120km越えたあたりから、どんどんちぎれていって、

 

「絶対、シンゴさん調子いいですよ」

 

なんて周りから言われたからだ。本人には自覚があまりなかった。

 

どうせレース前に油断させる、調子悪い戦法だろうなんて考えていた。

 

しまなみではイベントの前日の山鳥さんの練習も含めて、いい仕上げになったのは間違いない。

 

昨年の「岬越え※」で路肩に自転車を停めてしまった記録、6:35はもちろん、その前年のベスト5:47よりは早く、5:25くらいでは走れる感触はあった。

 

「岬越え」ってなんだというと、自転車スラングでは脚が攣ってくることを足摺岬をシャレて「岬が見えてくる」というらしい(funride11月号たっくんの丸秘自転車レース用語講座)。なので完全に攣りきった昨年は「岬越え」だ。

 

 富士チャレ前日、「浅見光彦」の撮影で行っていた琵琶湖から、サイクルスクエア北参道に移動して自活研の小林さんとの自転車市民権セミナー。

帰ってから奥さんの分を合わせて二人分のレースの準備をしていたら、睡眠時間は二時間になった。

 

でもこれは出場者皆同じような感じだろう。

 

 

レース本番。

 

試走すると、ホームストレートに戻るのぼりが短く感じた。

 

takaちゃんいわく、それは「調子がいい証」だという。

 

直前に飲んだ、グリコのEXTRA BOOSTERが効いたのかスタートの挨拶で、テンションが高くなって、

 

みなさーん!たとえ脚がちぎれようとも、心臓がひっくり返ろうとも、最後まで、走りきりましょう!!!」

 

なんて叫んでしまった。

 

近くにいた竹谷賢二さんには、「もう一杯やってるんですか?」いわれ

 

ヒグちゃんにも、調子がいいからそんなこと言えるんですよといわれ、

 

皆の言葉に暗示をかけられたようにその気になってくる。

 

おだてに乗りやすい私は、

 

「そうか、俺が調子いいのは本当なんだぁーっ!!!!!」

 

と、まんまと乗せられて興奮状態のままスタート。

 

先頭集団に食らいつく。

平均6:20くらいで、LAPを重ねていく。

 

辛いけど、この集団が最後までこのペースで行ってくれたらいいなと思っていた15周目、金城さんがスススッと上がって、集団をコントロールしていたエンデカの真鍋選手になにやら言った。

その周回の登りで、「今までのはサービスですよ」といわんばかりに、ペースが上がった。

 

うへぇ、ちぎれる・・・・

 

私がタレたのを喜んでいるのか、なぜか嬉しそうに「OK,OK」と私にいいながら抜いていく自転車。

 

くそっ、何が何でも追いつくぞ、ともがきかけた刹那、前方で2台が絡む落車。

 

フロントフォークからホィールが外れるほどの転倒だ。

 

ひぇえ!あわや突っ込むかといったところを右に回避したが、これで先頭集団からは離れてしまった。

 

そうなると、なかなかスピードの合う集団が見つからない。

 

LAPタイムも30秒落ちてきた。

 

このまま一人旅だけは避けなければならない。

諦めないぞ。

 

どうにかいい集団に入りたい。

 

10人ほどの塊はあるのだが、チームエンデューロや、100kmの選手が混じっていて、いつ分裂するかわからないので、なかなか決めかねる。

 

2周ほどいくつかのラインを渡り歩き、4、5人のいいペースのグループに参加。自分もなるべく引くように心がけながら、回していく。

 

すると誰かと話しながら、のんびりペースの堂城賢さんに遭遇。

 

堂城さんが、「ドリンク運んで来ましょうか」なんて冗談をいいながら前を引いてくれた。

このペースが凄く良かった。

一定ペースで3周固定で引いて、私たちの集団を確固たるものにしてくれた。

 

平均LAPは7:00くらいに落ち着く。

 

何周かLAPボタンを押し忘れて、自分が何周走っているのかわからなくなっていたので、回りに尋ねる。

 

「私は、後4週だと思いますけどね」

 

となると、最後はこの20人ばかりで、ゴールスプリントだな。

 

残り3周辺りから、少し弱ってきた振りをしてなりを潜める。

 

この集団の中なら、まだ少しは余力があるぜ。

 

でもそれは他の皆も同じなんだろうな・・・どのあたりで仕掛けるか・・・・

 

そんなことを考えながら、最後の一周を迎えるホームストレートを走っていると、ピットのフェンスから、シュワッチさんとヒグちゃんが、

 

「やったぁー、ゴッさん時間切り~」・・・・・

 

と言っているのが聞こえたような気が。

 

エエッ?俺が5時間切り?まさか・・・信じられずもう一周集団に付いて気を抜かず走る。

 

「いやあ、なんか俺もしかしたら終わったみたい。」とちょっと嬉しくなって周りに話しかけても誰も答えてくれない。

 

ゴールラインも念のためもがいて通過する。

 

でも雨が降ってきたから、今度は誰もピットのフェンスにいなくなってしまった。

 

仕方ないから、もう一周走る。

 

ピットに戻ると、奥さん、シュワッチさん、ヒグちゃん、takaちゃんが迎えてくれた。

 

「凄いですよ、5時間切りましたよ。4:58:10、26位」

 

やったぁぁぁぁぁ・・・・・!

 

目茶苦茶嬉しい。

 

なんだこの喜びは。

 

もうやめられない。

 

もっと強くなりたくなった。

 

皆がその気にさせてくれたからだ。

 

ありがとう。

 

ホントにありがとう。

 

ちなみにウチの奥さんのチームはちゃっかり3位で表彰台。

 

おめでとうございます。