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子供の頃から、海外に行くなら、その国の田舎に行くべきだとかねてから言われていたが、それは間違っていないと思う。
私が訪問したTREVISOという町はヴェネチアから車で約40分。
安心できるいいところだった。
イタリアに旅行を御計画の自転車好きは是非訪れていただきたい。
はっきり言って最高
ツールやジロを見て、兼ねてからやってみたいことが、できた。
その①
PinarelloのNo.1 モデルを心置きなく走らせる。
その②
大集団での巡航50km/h
その③
ロータリーで、集団が左右に分かれる。その中にいる。
その③
集団落車から免れる。
その④
走りながら、飲み物を受け取って、カップを捨てる
その⑤
イタリア人の友情を感じる。
その⑥
ELITEのブースで、イタリア美女からマッサージを受ける。
列挙にきりがない。
今まで200kmを超えるレースは富士チャレだけ。
それをはるかに超える体験だった。
本場のレースは凄い。
55歳も、70歳も、女性も、最高のフォームで走り抜けていた。
私のタイムは以下の通り。
7:06:25
目標から一時間以上も遅かったけど、悔いのない走りができたので、心の底から幸せだ。
1300人近いマスドスタートは、ノルマンディ上陸作戦さながらだ。
走り出して2分もすると、左右前後で落車の殺人的な音が響く。
イタリア人は身長こそさほど高くないものの、その体躯はがっちりしていて、こいつらとレースするのかと思うと、気後れしそうになった。
ブレーキの合図は「オー、オッ」とレバーの握りの強さに合わせて叫ぶだけ。
実に単純、かつ明快。
落車を避けたのと同時に、スーパーRのチェーンがインナーの更に内側に落ちて、トルクを失う。
カメラをシートポストに括り付けて、私の前を走ることを命じられたファビオが、すかさず私の腰を右手で支えてアシストしてくれた。
なんていいヤツなんだ。
BBまで落ち込んだチェーンが戻るまで、ずっと左手でスピードが下がらないように押してくれた。
放送で彼の姿が映っていなかったのは残念だ。
サン・ボルトの後の下りで、私の自転車の前タイヤがパンクしたときも、すかさず自分の前輪を差し出そうとした。
そしてその後自分の脚が売切れるまで前を引いてくれた。
ありがとう。
こうなったら、多少脚が攣ったって、走り続ける以外ない。
その思いが私をゴールまで導いてくれた。
自転車は一人で走っているようで、実はそうじゃない。
続く
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