LEGON鶴見辰吾 Shingo.Tsurumi ブログ 自転車名人
きっかけは自転車。 そこから世界が広がります。

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2009年06月 アーカイブ


2009.6. 8
Mt.富士ヒルクライム

 Mt.富士ヒルクライムは今年で4回目の出場。

 

もはや毎年の恒例行事になっている。

今年のタイムは、1:19.03

 

昨年より2分縮めた。

 

 本当のことをいうと、15分切りたかったのだが、何を言おうがこれが今の私の実力だ。

 

 二合目から三合目でダレてこないように走るのが課題だな。

 

ずっと私の前でペースを作って走ってくれた人がいた。

 

途中何度も声を掛けてくれて、最後は平坦で引いて、ゴール前で「もがけ、もがけ!」とチア・アップしてくれた。

 

ゴールすると、お礼を言うまもなく見失ってしまった。

 

ゼッケンから検索しました。

 

3●●6のT川さん、ありがとう。

 

おかげでタイムが記録が更新できたと思います。

 

結局どんなタイムでも、納得いかないようだ。

 

あれだけ苦しい思いをしながら、また来年の目標を立てる。

 

15切り。

 

がんばるぞ。

 

今年は何より嬉しかったのは、奥さんが初めて出場してくれたことだ。

タイムは、1:56.49

 

目標の2時間切った。

 

凄いじゃない。

 

ヒルクライム、苦しいけど楽しい、これがわかったでしょ?

 

だから止められないんだな。

 

 

 



2009.6. 9
富士ヒルクライムの本音
富士ヒルクライムは相性が悪いんじゃないかと思うくらい、この2大会、本領が発揮出来ずに終わった気がする。 今年は、LEGON CUP効果もあって、4月5月の走行距離は4000kmに達した。 ヤビツも国際村のタイムも上々、自己ベストを更新。BG FITも受けて、ポジションの調整もバッチリ。 自転車は400g、体重は3kg軽量化した。 今年こそは15分切る気構えで、挑んだ。 去年は二合目、三合目で横っ腹が痛くなって失速した。そのままじゃ、前年のタイムよりも遅くなるペースに泣きそうになりながら、必死になってスプリントポイント前から挽回して、どうにか25秒縮めた。 今年は、朝の3時にシリアルを食べてからは、固形物は食べずにいたので、横っ腹は大丈夫だった。 ハイペースで上るには最初が肝心と、最初から意識して飛ばした、つもりだった。でも、一つ目の計測ポイントまでのタイムは昨年よりも1秒遅い17:32、一昨日前から比べると23秒も遅かった。一昨年は、今中家元と同じスタートだったから良かったというのを、改めて感じた。 ヒルクライムでも、いい列車に乗れるか乗れないかで結果が大きく変わるのだ。 ギリギリでついていけるくらいのペースに乗れると一番いい。でもそういう都合のいい列車にはなかなか出会えるものじゃない。速すぎるとすぐにちぎられるし、楽と感じたら、それは遅いトレインだ。 ただ、今回はずっとゴールまで、私の守護天使のように、前を走りながらペースを作り、励ましてくれる人がいた。 何度も振り返って、私の様子を気にしながら走ってくれる3○○6のトレックに 「余裕じゃないですか?構わず人に先に行って下さい」と告げると 「いや、有名人と一緒に写真に写りたいから」 とか言って、常に少し前を走っている。 二合目、三合目辺り、今年は横っ腹こそ痛くならなかったが、両ふくらはぎがピンポイントで凹み始めた。 これはヤバい前兆だと、違和感のある部分をつねって緩和させようとした。 以前、脚が攣ってしまったプロが回復させるためにゼッケンの安全ピンを突き刺したというのを聞いたことがある。そこまでやらなくても思いきりつねるのも効果があるそうだ。 でもヒルクライムは脚を止める訳にはいかないので、うまくいかず。脚をさするようになるのが精一杯だった。 そんな様子を見ていた3○○6さんは、すかさず 「攣ったんですか?」と聞いてくる。 ここで肯定してしまうと、更に攣るような気がして、 「いえ…」と虚勢を張った。 当然スピードが落ちてきて、どんどん抜かされる。 「ゴッさん…頑張って」 と、ラテさんに抜かされ、 「がんばりましょう」 と、MATSUさんに抜かれた。 そして遂に、 「がんばってくださいね〜」 と浄瑠璃ダンシングしていくシンボーにパスされた! なんなんだろう、正直ものすごくムカついた。 悔しい。 私が誰かを抜かすことがあったら、 「がんばりましょう」というフレーズにしようと心に決めた。 悔しまぎれに、 「脚が攣ってんだよ!」 と言い返すと 3○○6さんに 「脚が攣ってからが自転車ですよ」 と突っ込まれた。 「そんなこと分かってます・・・」 と力無く呟く。 ダンシングしたり、かかとを落としてペダリングしている内に、脚の攣りも治まり、少しペースが上がって来た。 ラストの平坦地区は3○○6天使のおかげで40km/h近くのスピードが出たものの、ゴール前の坂で、またしても速度急降下。 ジャンが鳴り、3○○6天使が、 「最後、もがいて!」 と檄を飛ばす。 もう、ギリギリだった。 1:19.03 目標には程遠かったけど、タイムはどうにか短縮できた。 ゴールを過ぎて、天使を探したが瞬く間に見失ってしまった。 ゆっくり話をしたかったのに。 紳士録に遊びにきてくださいね。 すでにゴールしたLEGONの仲間と、後からゴールしてくるメンバーを応援する。 「あと少し!がんばれ!もがけ!」 声援を掛けると、新しい電池を入れたみたいに、生き返ったように、皆スピードが上がる。 これが楽しくて止められない。 やっぱり応援の力は大きいな。 今回初出場のウチの奥さんも、目標の2時間を切って、 1:56.49 エライぞ! これは、自分のタイムの不甲斐なさを払拭するニュースだった。 二日経った今、刑事役で追っかけっこをしている。 両ふくらはぎが筋肉痛だ。 月に2000kmも走ったから、攣ったり筋肉痛になるとは思わなかった。 ヒルクライムにはヒルクライムに特化した練習が必要なことが、よくわかった。 そして、私はまだまだ貧脚なのだと痛感した。 でも、今年は精一杯やった。 これが私の登坂力なのだ。 早くも来年に向けての誓いを立てているのは、私だけじゃないだろう。 来年は45歳で走ることになる。 それでも自転車には可能性がある。 だから止められない。 今回のMt.富士ヒルクライムの構成は、苦しさ60%、悔しさ10%、楽しさ30%だ。


2009.6.23
幸也ならいける

一時帰国しているブイグの新城幸也選手と会った。

 

ツール・ド・フランス初日の7月4日まで二週間。

 

彼は闘志に満ち満ちている。

 

ツールという大舞台で走れることを心の底から楽しみたいようだ。

 

楽しむというのは、レースなんだから勝つということを意味している。

 

幸也君の頭の中には、シャンゼリゼを走っていない自分はイメージにない。

 

ステージ優勝もきっとあると私は感じた。

 

「スプリントではなく、逃げで狙う」

 

そう言い切った。

 

時差ぼけもなく、体の調子は良いそうだ。

 

今はとにかく練習して、7月4日に脚と心臓のピークを合わせたいらしい。

 

普段の優しい感じから、幸也君にあるどの部分が、過酷なレースを戦い抜くのだろうと不思議に思うこともあった。

 

しかし、今回半年振りに会って感じた。

 

レースの話になると、愛くるしい笑顔から一瞬にして鋭い肉食獣の目つきに変わる。

 

この部分だ。これが世界で戦っていく強いところなんだ。

 

今年のツールは、おもしろいことになる。

 

幸也、君ならいける。



2009.6.23
やっぱり幸也はいける

 新城幸也と会って、一日経ってもあの直感は変わらない。

 

彼はステージを獲るんじゃないだろうか。

 

そう思う根拠。

 

幸也君のフランス語力だ。

 

インタビュアーの「フランス語はどうですか?」の質問に対して、

 

「自転車に関することは問題ないです。」と謙遜した。

 

「日常生活は?」とインタビュアー

 

「問題ないです。ただ、音で何を言っているかわかりますが、日本語に訳せないんですよね。読み書きもできません。」

 

 素晴らしいじゃないか。

 

頭の中でいちいち辞書を開いていない。

 

これは、フランス語を語学として理解しているのではなく、フランス語をダイレクトに処理する回路が脳内に構築されているということだ。

 

この能力は国際舞台で活躍する上で、一歩先に出ている。

 

 幸也君を石垣島からフランスに、自腹を切って連れて行った福島晋一(梅丹本舗GDR)の功績は大きい。

 

 だから、幸也君はツールに出る今でも、古巣であるエキップ浅田への恩情は決して薄れない。

 

彼の活躍に期待せずにいられないのだ。