まだ子供の頃、芝居や演技のこともわからないのに、いい俳優とか名優は緒形拳さんのような人なのだと、直感的に思っていた。子供にさえそう感じさせる佇まいがある、本当に素晴らしい俳優だ。
緒形さんの演じる人物は何面にも磨きをかけたダイヤのようにどこから見ても輝いている。人間が持つ複雑ないくつもの内面を、見せることができる人だった。重厚も軽妙も同時に表現して、役に魂を吹き込んだ。いつも引き込まれた。緒形さんのいる画面は、まるで本当の出来事のように感じていた。
No.1だった。もっと声を大にして緒形さんのような俳優になりたいと言っていればよかった。偉大なのが、素晴らしいのが当たり前すぎて、そう言ってしまうのが憚れるような気がした。大人になってから、今更お父さんが好きだとか、太陽が好きだとか言うのが恥ずかしいみたいに、緒形さんに敬意を払うことを怠っていた。何度か共演できたという幸運に恵まれたというのに…残念でならない。
一番最初にお会いしたのは、私が高校二年のときだったと思う。今から27年も前か…せんぼんよしこさん演出の日本テレビのスペシャルドラマで、「山を走る女」という作品だった。私は大竹しのぶさんの弟役だった。
緒形さんはダウン症の子を持つ父親を演じていて、その子供の役は本当のダウン症のお子さんだった。その子と対話しながら緒形さんが酒を飲むシーンをよく覚えている。その子にするめイカを食べさせて、硬くて食べられずに残して、よだれでびちょびちょにふやけたするめを、ニコニコしながら自分の口に入れて食べていた。そういう血の通った芝居をする方なんだ。本当の親子にしか見えなかった。スタジオのモニターを見ながら、そういう演技ができる役者になろうと、密かに思ったことを思い出す。
次にお会いしたのは、1996年の映画「GONIN2」。主演の緒形さんは無残に自殺に追い込まれた妻の復讐をしていく男をニヒルに演じた。
私は殺し屋。今考えると、いろいろ変な小細工をしていた。頭をモヒカン風に両脇剃りこんだり、顔つき変えるために、歯科医にマウスピース作ってもらって歯に被せたりして。
そんな小さな努力というか悪あがきが気に入られたのか、石井隆監督の計らいで、台本には無かったが、緒形さんに斬られて死ぬシーンを作ってもらった。
そのシーンの撮影のとき、緒形さんに、
「鶴見、お前どうしてそんな入れ歯みたいのしてるんだ?」
と聞かれ、私は、殺し屋なんてどうしようも無い人間はこう見えるべきだと思って、
「バカに見えるようにです。」
と答えた。
すると緒形さんは、
「ハハハ、大丈夫だよ、そんなことしなくても十分バカに見えるから」
と笑われた。
あの笑顔で「バカ」と言われたのが、何故か凄く嬉しくてたまらなかった。
俺のバカさ加減をちゃんと見逃さずに洞察できる人なんだという安堵があったのと同時に、もう一つの自分勝手な解釈をした。
「十分バカにみえる。」→「バカ」→「役者バカだ」
緒形拳に役者バカと言わしめた。
勝手にそんな気がして、緒形さんに役者として認められたようで、喜んだ。
多分、ホントにバカだと思っただけに違いない。
でも、あの笑顔で言われると、心を熱くせざるを得なかった。
少ない言葉で、幸せにしていただいた。
その後ご一緒するシーンはありませんでしたが、お会いするたびにあの笑顔を向けてくださったことを心から嬉しく感じています。
緒形さん、本当にありがとうございました。









