LEGON鶴見辰吾 Shingo.Tsurumi ブログ 自転車名人
きっかけは自転車。 そこから世界が広がります。

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2008年10月 アーカイブ


2008.10. 9
緒形 拳さんを偲ぶ

 まだ子供の頃、芝居や演技のこともわからないのに、いい俳優とか名優は緒形拳さんのような人なのだと、直感的に思っていた。子供にさえそう感じさせる佇まいがある、本当に素晴らしい俳優だ。

 緒形さんの演じる人物は何面にも磨きをかけたダイヤのようにどこから見ても輝いている。人間が持つ複雑ないくつもの内面を、見せることができる人だった。重厚も軽妙も同時に表現して、役に魂を吹き込んだ。いつも引き込まれた。緒形さんのいる画面は、まるで本当の出来事のように感じていた。

 

 No.1だった。もっと声を大にして緒形さんのような俳優になりたいと言っていればよかった。偉大なのが、素晴らしいのが当たり前すぎて、そう言ってしまうのが憚れるような気がした。大人になってから、今更お父さんが好きだとか、太陽が好きだとか言うのが恥ずかしいみたいに、緒形さんに敬意を払うことを怠っていた。何度か共演できたという幸運に恵まれたというのに…残念でならない。

 

 一番最初にお会いしたのは、私が高校二年のときだったと思う。今から27年も前か…せんぼんよしこさん演出の日本テレビのスペシャルドラマで、「山を走る女」という作品だった。私は大竹しのぶさんの弟役だった。

 緒形さんはダウン症の子を持つ父親を演じていて、その子供の役は本当のダウン症のお子さんだった。その子と対話しながら緒形さんが酒を飲むシーンをよく覚えている。その子にするめイカを食べさせて、硬くて食べられずに残して、よだれでびちょびちょにふやけたするめを、ニコニコしながら自分の口に入れて食べていた。そういう血の通った芝居をする方なんだ。本当の親子にしか見えなかった。スタジオのモニターを見ながら、そういう演技ができる役者になろうと、密かに思ったことを思い出す。

 

 次にお会いしたのは、1996年の映画「GONIN2」。主演の緒形さんは無残に自殺に追い込まれた妻の復讐をしていく男をニヒルに演じた。

 私は殺し屋。今考えると、いろいろ変な小細工をしていた。頭をモヒカン風に両脇剃りこんだり、顔つき変えるために、歯科医にマウスピース作ってもらって歯に被せたりして。

 

 そんな小さな努力というか悪あがきが気に入られたのか、石井隆監督の計らいで、台本には無かったが、緒形さんに斬られて死ぬシーンを作ってもらった。

 そのシーンの撮影のとき、緒形さんに、

 

「鶴見、お前どうしてそんな入れ歯みたいのしてるんだ?」

 

と聞かれ、私は、殺し屋なんてどうしようも無い人間はこう見えるべきだと思って、

 

「バカに見えるようにです。」

 

と答えた。

 

すると緒形さんは、

 

「ハハハ、大丈夫だよ、そんなことしなくても十分バカに見えるから」

 

と笑われた。

 

あの笑顔で「バカ」と言われたのが、何故か凄く嬉しくてたまらなかった。

 

俺のバカさ加減をちゃんと見逃さずに洞察できる人なんだという安堵があったのと同時に、もう一つの自分勝手な解釈をした。

 

「十分バカにみえる。」→「バカ」→「役者バカだ」

 

緒形拳に役者バカと言わしめた。

 

勝手にそんな気がして、緒形さんに役者として認められたようで、喜んだ。

 

多分、ホントにバカだと思っただけに違いない。

 

でも、あの笑顔で言われると、心を熱くせざるを得なかった。

 

少ない言葉で、幸せにしていただいた。

 

 その後ご一緒するシーンはありませんでしたが、お会いするたびにあの笑顔を向けてくださったことを心から嬉しく感じています。

 

緒形さん、本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 



2008.10.13
日産スタジアムサイクルパークフェスティバル

 久々にレースに出た。

 

どうにか6位入賞。

 

走り終わると気持ちいい。

 

走り終われば、競争相手ともともに健闘を称えあう。

 

秋の空みたいに爽やかだ。

 

もっと強くなりたいと思う。

 

 

 



2008.10.18
大分県のツール・ド・湯平へ

 明日19日に開催されるツール・ド・湯平に出場する。

 

「バチスタ」のロケが終了し次第九州に向かいます。

 

ネットでコースプロフィールを確認すると、スタートから結構勾配のきつい登りから始まる。

 

全長およそ70km。

 

新しく担当になったマネージャーの白石が、いきなりこのイベントでロードバイクデビューだ。

 

「白石、どううする?俺の自転車貸すから、走るか?」

 

と、冗談で聞いたのに、

 

「いいんですか?」意外な返事がすぐ返ってきた。

 

嬉しいじゃないか、その意気込み。

 

私のマネージャー君、白石は入社3年めの25歳。

 

いきなりロードに乗っても楽しめることを証明してくれることでしょう(笑)

 

 



2008.10.21
ツール・ド・湯平

  

山坂が多いとは聞いていたけど、あそこまでタフだとは思っていなかった。

 

最初から登りが5km、でもこれだけで終わりじゃない。その後もアップダウンが続く全長70km。

 

 平気なフリして走っていたが、正直きつかった。

 

考えてみれば、このところ40km以上走ってなかったから、足にきた。

 

走り応えのあるいいコースだった。

 

ウチから江ノ島往復は70km弱だけど、起伏のある無しじゃあ全く違う。

 

コースもさることながら、地元の皆さん、ボランティアの皆さん、集まったサイクリスト達が皆明るくて楽しいいい人で、とても愉快。

 

10時きっかりにスタート。

 

 

 当初、大会実行委員のninominさんからは、先頭でスタートするように言われましたが、それだと皆さんとお会いできないので、皆さんを送り出してから最後尾でスタートすることにしました。

 

 そのかわり、今回自転車に乗るのは学生のとき以来で、ロードバイクは前日の夕方初めて乗った、マネージャーの白石くんを先頭グループで出発させてもらった。

 

朝から少々緊張気味の白石くん。それでも元気よく発車。

 

折り返し36km地点のガンジーファームまで来ても追いつかないから、

これはかなり早いペースで走っているんだと思いきや、最初の坂で抜かしていたのに私が全然気づいてなかっただけだった。

 

 私が13:40にゴールした頃、折り返しのガンジーファームに着いた白石くん、果敢にもゴールまで走りぬく決意を表明したと連絡があった。

 

おおおお!えらいぞ、凄いぞ、頑張れ。

 

一度宿に戻ってきたものの、白石のゴールを見届けるために、再度ゴール地点の湯平小学校に行った。

 

 しかし、白石くんの疲れた足に帰りの坂はきつく、筋肉が攣って漕げなくなったようだ。

 

「お連れの方、回収してくれるかな?もうすぐここも撤収しないとなんないから」

 

確かに、もう15分でタイムリミットの16:00.

 

車で白石くんを迎えに行く。

 

 

参加者の中で、最後尾を走っていた彼は、私たちの車が迎えに来たのを見て、安堵と悔しさを入り交えた顔で、まだ走りますと言った。

 

まるで脱走し切れなかった捕虜が、憲兵に見つかって、見逃してくれと頼んでいるみたいだ。

 

気持ちは分かるけど、もう時間切れなんだ。

 

大会運営に支障はきたせないだろ。

 

2kmの上り坂を含む10km手前だった。

 

惜しいところだった。

 

あと5kmのぼりを頑張れば、その後は下り、完走だったのに…

 

でもあのコースで60kmは立派な走行距離だ。

 

来年、リベンジ。

 

もちろん私も参加する。

 

皆さん、またお会いしましょう。

 

 

 

 

 

 

 



2008.10.26
横浜ECO-RIDE 2008

 本日開催した第一回横浜 ECO-RIDE2008。

 

おかげ様で無事閉会いたしました。

 

ご参加の皆様、本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 



2008.10.31
そうちゃん

 先週の横浜エコライド2008に参加していただいた中澤さんのお子さんそうちゃんは、まだ一歳で拡張型心筋症と闘っています。

 

 大人ななら、まさに今私が出演しているドラマのように「バチスタ手術」をすることになるでしょう。

 

しかし、一歳の乳児の小さな心臓に心筋そのものを切り取るバチスタ手術は施せません。そうちゃんの命が助かるためには、心臓移植手術が必要です。

そして、日本では、子供の臓器移植が認められていないため、アメリカで手術を受けなくてはならないのです。

 

 それには莫大な負担がかかります。

 

  何かの縁で心臓外科医の役を演じ、大好きな自転車を通じてそうちゃんのことを知りました。

 

 少しでもお役に立ちたい、その思いです。

 

 あたたかいお手を差し伸べてはいただけないでしょうか。

 

 お願いします。

 

                 そうちゃんを救う会http://sou-chan.net/