ウエツキめりぃの むぃむぃアタック!LEGON
いらっしゃいませ!! イラストレーターのウエツキチエコ です。
ゆる~い感じの自転車コラムを書いていこうと思っていますので、よろしくお願いします♪
自転車紳士録では、ウエツキめりぃ というニックネームで、登録しています。
2010.1.15

LEGONオフィシャルサイトのトップページで『ガールズケイリン』の文字を見つけた。
 
■LEGONニュース
ガールズケイリンビーナスシリーズ3、立川ステージ開催

ガールズケイリンビーナスシリーズ3、立川ステージ開催
http://www.legon.jp/news/168/index.html
 
この『ガールズケイリン』は女子自転車選手の強化の一環として2008年から始まり、国際自転車競技連合(UCI)が定めるケイリンのルールに基づいて本格的に行なわれている。
 
昨年、雑誌『サイクルスポーツ』の中の元オリンピック日本代表のスピードスケートと自転車競技選手である橋本聖子さんのコラム『セイコログ』にてイラストを描かせていただいてましたが、そこで聖子さんが『女子KEIRIN実現へ』という記事を書かれたことがあった。
勉強不足だった私は、女子ケイリンの歴史をその時初めて勉強させていただいた。
 
ちなみに、その記事の時に描いた、私がイメージした『ガールズケイリン』がコレ(^^ゞ
男性にはない、女性の華麗なイメージを持ったケイリン。。。
 
20100115_2.jpg
 
その影響で興味があったので、『ガールズケイリン』のオフィシャルサイトをさっそく見てみた。
 
■ガールズケイリン オフィシャルサイト
ガールズケイリン オフィシャルサイト
http://www.girlskeirin.com/index.html
 
見てビックリ!
そこには、馴染みのある顔と名前がっっっ!!!
 
鹿屋体育大の前田佳代乃ちゃん。。。
ご存知、アジア選手権ジュニア部門全日本選手権の500m個人タイムトライアル(500mTT)での優勝者
 
鹿屋体育大の前田佳代乃ちゃん
 
ご両親から、活躍の様子は伺ってたけど、こんな強くて素敵な選手になってるなんて~~♪
めっちゃ感動。。。
 
実は、チームメイトのあんふぁんの紹介で佳代乃ちゃんが小学生の頃から知っていて、よくお家に遊びに行ってたんです。
佳代乃ママにいつも手作りのおいしい夕食をご馳走になってました(^^ゞ
佳代乃パパもレース会場ではいつも声をかけて下さって、本当に気さくな家族。。。
だからこそ、いつもお家にお邪魔ばかりしてました。
何度か一緒に琵琶湖も走りに行ったな~。。。
 
そんな佳代乃ちゃんが中学生になった時、ようやく私と同じカテゴリーのロードレースに出場。
その頃は、ほぼ同時に佳代乃ちゃん、そして私という感じでゴール。
(中学生に大人の私が負けてることがかなり笑えるけど^^;)
 
そんな感じだったのが、毎年、どんどん遠い存在になっていった。
そして、ついには、シマノ鈴鹿ロードレースでは3位入賞!!
ちなみに、この時の優勝者は、チームメイトのあんふぁんだったんです(*^_^*)
 
シマノ鈴鹿ロードレース
 
そこからは、表彰台で見かけることが多くなった佳代乃ちゃん。。。
ずっとずっと頑張ってたんだなぁ~と思って感動した。
もともとは佳代乃パパの趣味だった自転車だけど、今ではすっかり佳代乃ちゃんの本業になったね。
 
これも、素敵なご両親の支えのおかげだね!
 
これからも、佳代乃ちゃんをはじめ『ガールズケイリン』のみんなを応援したいと思います!!
 
 
あ、そうそう!
佳代乃ちゃんのブログはコチラ。
 
■前田佳代乃のはちゃめちゃライフ!!!
http://blog.goo.ne.jp/maeda-ka4o/
 
ななななんと!私のイラストのテンプレートを使ってくれてます。
しかも、私のこと書いてくれてる記事も発見!

■めりなす
http://blog.goo.ne.jp/maeda-ka4o/e/c2a0e1cda8126a7b9c4bf71e984c32b3

これを読んだときに感動しました。
一緒に遊んだ事、覚えてくれてたんだなぁ~。
そんな律儀な佳代乃ちゃんを皆さんも応援してあげて下さいね♪
 
『ガールズケイリン』では、バーチャル人気投票というコーナーがあって、各レースの予想をしてポイントを賭けたりできます。
立川ステージでは、思わず佳代乃ちゃんに単勝賭けしちゃった(^^ゞ
 
 
 
 
★2010年1月19日 追記★

前田佳代乃選手のブログにて、今回の『むぃむぃアタック!』記事が紹介されました!

□前田佳代乃のはちゃめちゃライフ!!!
『紹介』

http://blog.goo.ne.jp/maeda-ka4o/e/1ed333f87c39ae0f86241b654a47df86
 
 
 
 
ウエツキチエコ
オフィシャルホームページ
めりなすネット
http://www.mrynasu.net/

2009.8.23

いよいよ今週末に三重県の鈴鹿サーキットで『シマノ鈴鹿ロード』が開催されます!
1983年、自転車の祭典として誕生したシマノ鈴鹿ロード。
このレースには、私のチームも結成の翌年2001年から毎年参加しています。
 
「自転車歴数ヶ月」という選手が続々エントリーしているこのレース。
実は、私の初めてのロードレース参戦も『シマノ鈴鹿ロード』だったんです。
 
積極的にロードレースに参戦していた当時は、必ずレースレポートを書いていました。
その時の気持ちを忘れたくないことと、初めてそのレースに参戦するチームメイトのためにと書き残していました。
 
サイスポ掲載記事
 
実は、シマノ鈴鹿ロード初参戦のレポートは、書いた翌年に雑誌『サイクルスポーツ』に掲載されました。
 
サイスポ掲載記事
 
初めてレースに参加される人の参考になるかどうか分かりませんが、そのレポートをご紹介しようと思います。
雑誌に掲載された内容とは文字数の関係で若干違いますが、ほぼ同内容です。
自転車初心者の時に書いたレポートなので、今読むと恥ずかしくて直したい文面もいっぱいありますが、敢えてそのまま掲載しますね^^;
 
----- 2001年 夏 -----
 
■ウエツキチエコ"涙"のレース物語 ~ シマノ鈴鹿ロード初参戦の巻 ~
 
ロードに乗り始めて約3ヶ月の頃。 (ママチャリ歴、高校3年間の通学のみ。スポーツ経験ほとんどなし。通知簿、体育"2"!) 思えば初めてロードにまたいだ時うまく乗ることもできず、ましてやクリートをはめることもできなかった。そんな未熟者の私は、『シマノ鈴鹿ロード』出場の為に3ヶ月練習に励んできた(こけた回数は限りなく…)。記念すべき、初めてのロードレースの為に…。
 
いよいよ本番の日がやってきた。私は鈴鹿サーキットレーシングコースを1周(5.864km)する初心者のカテゴリー『ビギナーWB』にエントリーしていた。スタート前、案の定、究極の緊張状態になってきた。明るさだけが取柄の私の顔からも、すっかり笑顔が消えていた。誰に話しかけられても上の空。体も思うように動かなくなっていた。このままでスタートできるんやろか?『ビギナーWB』の召集がかかり列に加わる。「なるべく前に並ばないと!」と、思っていると、運良く2列目の一番端にスペースがあったので自転車を担いで入った。なんでこんなに喉が渇くんだろう?水筒が離せない。
 
とうとうスタートラインに立った。前列は、かなり経験豊富そうな人ばかり。この人たち、絶対に初心者じゃないな?
 
緊張の中、スタートラインに並ぶ
 
1分前・・・みんなの声援に余裕の表情を無理やり作って微笑んだ。本当は消えてしまいたいくらいだった。
30秒前・・・なんでこんな秒読みをするんやろ?緊張が強調されていくやんか!
10秒前・・・覚悟を決めた。とにかくスタートで前に出るんだ!!
気持ちだけは、かっこいいロードレーサーになってた。
 
「パン!!」
スタートの合図が鳴った。
 
みんながいっせいにペダルをカチカチッとはめる音がした。クリートをはめるのが最後まで苦手だった私は、なかなかはめられない。はめた人からスピードを上げていく。「待ってくれぇ~!」私もいつもよりは早くペダルをはめられてスタートした。しかし頭でイメージしていたスピードが出せない!いや?そうではなくみんなが速いんだぁ~~~!!なんとかトップについて行かなければならないのに足を回す事が全くできない。
 
シケインに到着。(補足:自転車レースはコースを逆走する。) 落車をすごく心配していた地点だったが、ここまでは思うようにスピードが出せていなかったので無難に通過できた。しかしなんて緩やかな坂が続くんだろう…(T_T)。習得したばかりの坂道での立ちこぎを微妙に使ってみる。でもやっぱりまだ体が思うように動かない。すぐ座ってしまう。そうこうしているうちに、どんどん抜かれていった。この時点では、きっと後ろから数えたほうが早かったと思う。
 
西ストレートに入った。坂道から開放され重いギアに入れて必死でこいだ。でも周りの人も速い。どうやって順位をあげていけばいいんだろう?そういえば私の師匠は上体を前傾姿勢にしてハンドルの真ん中へんを持つって言ってたな?やってみよう!・・・うわっ!ハンドルが左右にふれた。こんなんできへんわ!!素人の私には、この技はまだ早かった。怖かった私は一瞬パニック状態になった。(なんで私はレース中に練習なんかしてるねん!)
 
スプーンカーブ。少し気持ちに余裕が出てきた私は後ろを振り返ってみた。数人が追ってきていた。やっぱりこの時点ではビリの方だ。そう実感した。この辺りから、ビギナーWBの前でスタートした『ユース10-12B』に追いついた。 10歳から12歳の子供たちが一生懸命走っているのが目の前に見えた。心の中でがんばれ~って思いながらその子たちを抜いていった。それと同時に私もがんばらないとっていう気持ちも大きくなった。
 
一番落車が怖かったヘアピンカーブ。でも私はここがヘアピンカーブだったということを過ぎてから知った。かなり怖いイメージを持っていたので、それほど急カーブに感じなかったのかも。それに集団で走っていなかったから一人で慎重に曲がれた。この時点で半分来たわけだ。あと半分でこの順位から脱出しないと!
 
デグナーカーブ。このコーナーが意外と曲がりにくかった。よく落車があるところらしい。それを過ぎると、また坂道だ・・・。しんどい。でもこがないと…。ふと前を見ると少人数の集団がいた。この集団の前に出るんだ!そう思い、がむしゃらに立ちこぎした。この坂で何とか数人を抜いた。ここから、前を走っている速そうな人を見つけて後ろにつく作戦を試みた。なんとかこの小さな集団を抜けたかも?そうやって少しずつ順位を上げて行った。
 
ダンロップカーブで、ふと朝にチームメイトに聞いた言葉を思い出した。「通常、後輪のギアをトップ側に入れていったら、前のギアはアウターに入れる。」なんと私は恥ずかしいことにレースのこの日までアウターギアを使ったことがなかった。入れ方が前と後が逆なのもこの時まで知らなかった。どうりで後輪の重いギアを入れるとガイドプレートに擦れてカリカリ言うわけだ・・・。私は、前のギアチェンジを試みてみた。なんと!?うまく入らない!!どうすんの???私は逆なことを知らなかったためにとんちんかんなことをしていた。必死で触っていると フッ っとペダルが重くなった。入った!そして自転車が急に加速し始めた。
 
S字カーブ。この日は台風が近くまで来ているせいか、かなり突風が吹いている。自転車は何度かあおられた。その度にハンドルが取られる。「怖いよ~」せっかくスピードが上がってきたのに、ブレーキをかけそうになってしまう。徐々にスピードが上がったので前を走っていたロードをインから抜こうとした。その時また突風。芝生のギリギリまで自転車が!!落車する!!その横を救護車(?)が走っていく。これには絶対に乗るもんか!!私はなんとか持ち越した。こけずに済んだ。
 
最後の大きなカーブ。重いギアに変えたからか、ここで私はなんと10人近く抜いた。この私が人を抜いている!?今まで競争というもの全てをビリしか経験したことのない運動音痴な私にはこの出来事が一番信じられなかった。すごく気分がよかった。ゴール寸前でようやくレースの楽しさを実感できてきた。
 
最後のホームストレートだ!ただひたすらこいでこいでこぎまくった。我がチームの応援団が見えてきた。声援が飛んでくる。嬉しくなった私は、笑顔で手を振った。あ!!なんとその瞬間、2人に抜かれてしまった。くそぉ~~!!レース前は絶対に立ちこぎでゴールするぞっ思っていたのに、そんな余裕はなかった。でも、せめて差を広げたくなかった。私はなんとかその抜かしていった2人に追いつき僅差でゴールした。
 
初めてのゴールスプリント
 
感極まった。涙が込み上げてくる。でも我慢した。チームのメンバーの顔を見たら泣いてしまうかも。私は涙をこらえて歩いた。チームメイトがゴールに迎えにきてくれていた。嬉しいのに笑顔も見せることができず黙っていた。正直言って完走した喜びもあったけど最後に抜かれてしまったことが悔しかった。今まで一生懸命教えてくれた師匠にも申し訳ないと思った。明るく振舞おうとすればするほど、ひねくれた自分がいた。まだまだ根性のない自分を実感した。
 
結果は、54名中29位。
 
それまでは、チームの単なるマネージャーだった私。。。
「どんくさいマネージャーがレースに出たら、チームメイトの刺激になって活性化する」という世論に負けて出場することになったレース。
でも、この初レースは私にとって一生忘れられない思い出になった。運動音痴だと思っていた私。競争に対するトラウマ。すべてが消えた瞬間だった。
 
最後はけっきょく恥ずかしいくらいに泣いてしまった。チームのみんなには本当に迷惑をかけました。甘えてしまってごめんね。
 
   おしまい。。。
 
-----
 
この2年後、同じレースで初の個人入賞をすることになりました。
それも、このレースレポートを書いて初心を忘れずに練習したからだと思うのです。
こんな私でも、一生懸命練習すれば夢を現実に変えることができたんです。
また、この初めての個人入賞のレース物語は、またいつかご紹介します。
 
シマノ鈴鹿ロードに初めて参戦する皆さん、最後まで諦めずに頑張って走ってくださいね!!
 
■シマノ鈴鹿ロードレース紹介
 
【開催場所】三重県(鈴鹿サーキットレーシングコース)
【距離】5,824m/1周 通常の逆回り
【高低差】52m
【ホームページ】http://www.shimano-event.jp/
 
 
 
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2009.5. 3

ロックミュージシャン、そして初代自転車名人の忌野清志郎さんが、2009年5月2日午前0時51分、東京都内の病院で癌性リンパ管症のため死去された。
今回は急遽、記事内容を清志郎さんの話題に変更して書こうと思う。

私は自転車に出会う前から、忌野清志郎さんの音楽が好きで、ライブによく足を運んでいた。
忌野清志郎さんが自転車を始められた事を知った時、「自転車を続けている限り、いつか一緒に走ることができるんじゃないかな?」と、思っていた。

2003年の夏、シマノ鈴鹿ロードレースの20周年記念イベントとして、忌野清志郎さんがゲストで来られ、レース会場でライブをされたことがあった。
もちろん私は最前列でそのライブを観た。
清志郎さんは、ローラー台に愛車を乗せ、ペダリングをしながら、映画『茄子 アンダルシアの夏』のエンディング曲になった『自転車ショー歌』を熱唱!
その時の印象に残った言葉は、「やっと分かってもらえる人たちの前で歌えるヨ!」だった。
今でもその時の清志郎さんの笑顔は忘れられない。

『サイクルスポーツ 2003年10月号(P.28)』より
2003年シマノ鈴鹿ロード20周年記念イベント

清志郎さんが神戸チキンジョージでライブをされた際は、チームメイトと一緒にサイクルジャージを着て観に行った。
最近では、大阪城ホールでの、清志郎さん企画ライブ『ナニワ・サリバン・ショー』にも、よく行った。
そして私が最後に観た清志郎さんの姿は、2006年1月27日にNHKホールで行われた『soul of どんと 2006』だった。

思い出すとキリがないほど、、、。

でも、やっぱり一番忘れられないのは、私が学生の頃に初めて生で『RCサクセション』時代の清志郎さんを見た時のこと。
あれは、確か1988年の夏、大阪南港で開催された音楽野外イベント『SUPER JAM』だったと思う。

あの日、多くの出演アーティストの中で大トリを勤めることになっていた『RCサクセション』。
しかし、突然の雷雨!!
野外ライブはかなり危険な状態ということで、『RCサクセション』の公演は中止になり、観客は会場から出るように誘導され始めた。
一番、観たかった『RCサクセション』を観ることができないなんて。。。
しかし、雷雨は激しさを増していった。
観客が順次会場から出ている最中、突然、舞台から歌声が聞こえ始めた。
なんと、清志郎さんが強行ライブを開始したのだ!
スタッフが中止を案内する中、それに反するように舞台から演奏が流れる。
観客は、慌てて舞台のほうへ走りだした。
もちろん私も!!

激しい雷雨の中『雨あがりの夜空に』を熱唱!
もう、雨なのか涙なのか分からないものが私の顔中に流れていた。
予定より短いライブだったが、今でもあの歌声は心の中で響いている。
本当にファン思いの熱い人だった。

その時に購入したツアーパンフレット。
雨でドロドロになってしまったけど、その思い出の詰まった記念品となった。
『RCサクセション』ツアーパンフレット

そういえば、昨年、自転車専門誌『サイクルスポーツ』への連載が決まった時、清志郎さんが、前編集長の宮内忍さんと幼なじみだったことをすぐに思い出した。

 ■参考【八丁堀曇りのち晴れ/宮内忍さんコラム】
 幼なじみのキヨシロー君が"自転車名人"に選ばれた
 http://www.sportsentry.ne.jp/columns/columns.php?20050420

その時、少し清志郎さんに近づいたような気がして、とても嬉しかった。
だからこそ、一緒にサイクリングするという夢が叶わなかったことが残念でならない。。。

天国でも歌と自転車を続けてくださいね。。。

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2009.4. 4

■思い出ちゃりちゃり シリーズ

子供の頃の自転車の思い出、、、

3歳くらいの時は三輪車に乗って、遠くへ行くのが大好きだった。
あの頃は、実家がクリーニング屋さんで両親共働き。
その時の私の友達が、三輪車。
これに乗って、親の知らぬ間に遠くへ行ってしまってたらしい^^;
お店の前から伸びる真っ直ぐな道があって、そこを小さい私が必死で三輪車を漕いで戻ってくるのが見えたんだって。

そういえば…三輪車をひっくり返して『石焼いも屋さんゴッコ』とかしませんでしたか???
石ころをタイヤと泥よけの隙間入れてペダル部分を腕で回すんです。
なんで、これが『石焼いも屋さんゴッコ』と呼んでいたのかはナゾ!
この遊びって、関西だけやったんかな~^^;

三輪車から自転車に乗りかえる時期って、私は4~5歳くらいだったと思う。。。
そして私が初めて乗った自転車がコレっっっ!
『おらぁクズラだど』のキャラクターの付いた自転車♪

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当時、めっちゃ流行っててん。

この写真を撮影する時、めりパパは自転車に乗っている私を撮影したかったのに、私は自転車をメインで撮って欲しかったんだと思う。
なんとも、無理な体勢してますなぁ~^^;;;;

近所のお友達の中で、コマありからコマなしになるのが一番遅かったのは私です(ーー;)
はい・・・今でも、ロード以外の車種(ママチャリとか)は乗れません。
乗れてもグラグラで生まれたての小鹿です。。。

三輪車時代は活発だったのになぁ。。。(-o-;)


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